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永福寺跡散歩

Walking in Kamakura Eifukuji Temple

鎌倉永福寺跡は頼朝創建の大寺院の遺跡・永福寺浄土式庭園と四季の花は見事です

 鎌倉市二階堂にある永福寺跡は、源頼朝建立の大寺院跡です。永福寺跡は源義経、藤原泰衡等、頼朝の奥州攻めで亡くなった武将等の鎮魂のため、平泉の中尊寺二階大堂等を模して建立され、建久五年(1194)に三堂が完成しています。永福寺は鎌倉幕府の御願寺として手厚く保護されましたが、応永12年(1405)に焼失し、以後は再建されませんでした。永福寺跡を写真と地図、交通アクセス、永福寺跡情報で案内いたします。

《永福寺跡写真・永福寺跡地図・永福寺跡案内》

永福寺跡画像

高台から見た鎌倉永福寺跡写真

地図鎌倉永福寺跡グーグル地図Kamakura Eifukuji Temple Google Map

 鎌倉市二階堂にある永福寺跡は、源頼朝建立の大寺院跡です。永福寺跡は源義経、藤原泰衡等、頼朝の奥州攻めで亡くなった武将等の鎮魂のため、平泉の中尊寺二階大堂等を模して建立され、建久五年(1194)に三堂が完成しています。少し高台から永福寺跡を眺めると、三堂の礎石と永福寺の素晴らし庭園跡を眺めることができます。

永福寺跡庭園画像

鎌倉永福寺跡から見た前庭の池写真

地図鎌倉永福寺跡マピオン地図Kamakura Eifukuji Temple Mapion Map

 永福寺は鎌倉幕府の御願寺として手厚く保護されましたが、応永12年(1405)に焼失し、以後は再建されませんでした。鎌倉屈指の大寺院の永福寺も、鎌倉の衰退とともに歴史の闇に埋もれ忘れ去られてしまいました。永福寺跡は僅かに二階堂、三堂という地名が残されただけで、幻の大寺院とも呼ばれました。埋もれてしまった永福寺の歴史に光を当てるため、発掘調査を昭和58年(1983)〜平成8年(1996)まで行いました。鎌倉永福寺跡から見た前庭の池も見事です。

《鎌倉永福寺跡見学情報・鎌倉永福寺跡交通アクセス》

施設名 永福寺跡(えいふくじ あと) Kamakura Eifukuji Temple Museum
住所 〒248-0002 神奈川県鎌倉市二階堂
拝観 9:00〜17:00(4月〜10月)、9:00〜16:30(11月〜3月)
閉門日 年中無休
見学料 無料
最寄バス
最寄電車
・大塔宮バス停から徒歩約6分
・鎌倉駅からバス徒歩約14分
・鎌倉駅から徒歩約27分
交通
アクセス
・瑞泉寺から徒歩約11分
・鶴岡八幡宮から徒歩約17分
・報国寺から徒歩約16分
・横浜駅から電車バス約43分
・渋谷駅から電車バス約76分
・新宿駅から電車バス徒歩約81分
見所 浄土式庭園跡、永福寺跡、二階堂跡、薬師堂跡、阿弥陀堂跡、大伽藍遺構、他
周辺
花植物
アジサイ、ガクアジサイ、シャガ、ウツギ、ホタルブクロ、タマアジサイ、ノコンギク、
スイセン、ハギ、キキョウ、フヨウ、ムクゲ、ヒガンバナ、ロウバイ、ウメ、他

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《永福寺跡写真・永福寺跡地図・永福寺跡案内》

永福寺跡伽藍遺構画像

鎌倉永福寺跡写真

地図大塔宮バス停−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Daitomiya Bus Stop

 永福寺跡は山林に囲まれた東西約100m、南北約200mの平坦地が寺の中心域と考えられ、その周囲の山林や谷戸も含め、約88,000平方メートルが史跡に指定されています。昭和58年度から平成8年度まで発掘調査が行われ、二階堂・薬師堂・阿弥陀堂の三堂を中心とする壮大な伽藍や庭園の存在が確認されました。

永福寺復元CG画像

鎌倉永福寺跡復元想像図写真

地図鎌倉駅−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Kamakura Station(バス)

 鎌倉市と湘南工科大学は、平成16年3月18日に締結した、文化財のIT化に関する覚書に基づき「史跡永福寺跡」CG復元プロジェクトを開始しました。その内容は、鎌倉市による長年にわたる発掘調査により明らかにされた、在りし日の永福寺の全貌を、コンピュータグラフィックによって復元するものです。 現在は、建物部分の詳細な図面の作成や、建築史を専門にしている先生の意見を参考にして作業を進めていますが、その一部を静止画で紹介しています。永福寺の復元CG写真を見ると、平安時代を思わせる浄土式庭園が印象的です。

《永福寺跡写真・永福寺跡地図・永福寺跡案内》

永福寺跡に街道伽藍礎石画像

鎌倉永福寺跡の巨大な礎石写真

地図鎌倉駅−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Kamakura Station(徒歩)

 永福寺跡の建物の調査で東向きのお堂が3つ発見されました。このお堂は「吾妻鏡」に名前の出てくる二階堂・阿弥陀堂・薬師堂であることがわかりました。さらに阿弥陀堂と薬師堂から池まで廊下がのび、池に突き出した廊下の先は釣殿になることがわかりました。鎌倉永福寺跡の巨大な礎石を見ると、二階堂と呼ばれる二階建てのお堂の大きさが想像できます。

永福寺跡の咲くタマアジサイ花画像

鎌倉永福寺跡に咲くタマアジサイの花と遺構写真

地図瑞泉寺−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Zuisenji Temple

 永福寺裏山の調査で、経塚が発見されました。永福寺が完成して間もない頃に、東の山上に造られました。西を向くと永福寺全体が見渡せる場所です。永福寺や幕府がずっと栄えることを願い、穴の中に一抱えもある大きな甕(かめ)を埋め、お経を入れた経筒や腰刀・扇・数珠・櫛・白磁壷などを納めていました。鎌倉永福寺跡東の山の麓に咲くタマアジサイの花も素晴らしいです。

永福寺跡池畔に咲くススキ画像

鎌倉永福寺跡庭園池に咲くススキの花写真

地図鶴岡八幡宮−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Tsurugaokahachimangu Shrine

 永福寺跡の伽藍の配置は三堂が複廊を介して南北方向に一列に並び、両側の堂からはL字型の廊が付属し、中門・釣殿がつくられていました。こうした伽藍配置とその規模は他に例を見ないもので、源頼朝の独創性を示すものとして注目されています。

永福寺跡ハチス画像

鎌倉永福寺跡の池端のハチス写真

 永福寺跡の庭園の調査で、お堂の前に大きな池があったことがわかりました。池は細長く、端から端まで200mもあり、ひょうたんのようにくびれた形をしていました。くびれている所には橋が架けられていました。池は海辺のように、砂利を敷き詰めて造られていました。鎌倉永福寺跡のハチス(ハスの実)も面白いです。

《永福寺跡写真・永福寺跡地図・永福寺跡案内》

永福寺跡遣水遺構画像

鎌倉永福寺跡庭園遣水遺構写真

地図報国寺−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Hokokuji Temple

 永福寺跡の庭園の造営には、鎌倉の海岸や箱根などから運んだ岩を庭石に使い、桜、梅、松などが植えられていました。また永福寺跡庭園には谷戸から流れる水を利用して、遣水(やりみず)と呼ばれる小川を造っていました。鎌倉永福寺跡庭園遣水遺構も素晴らしいです。

タンポポ花画像

鎌倉永福寺跡に咲くタンポポ花写真

地図横浜駅−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Yokohama Station

 永福寺跡の東に向く堂の前には南北約200m、東西約40〜70mの広大な苑池がつくられ、二階堂の前には橋が架けられていました。永福寺跡の復元CG写真を見ると、金沢文庫にある称名寺の浄土式庭園を彷彿させます。鎌倉永福寺跡の広大な庭園に咲くタンポポの花も良いです。

永福寺跡庭園画像

鎌倉永福寺跡池端のベンチ写真

 永福寺跡の発掘で、お堂の屋根を葺いていた12万点あまりの屋根瓦が発見されました。永福寺お堂の軒先を飾った瓦や男(丸)瓦、女(平)瓦、鬼瓦などがあります。永福寺跡から発掘された瓦の中には遠く埼玉県や愛知県で焼かれ、はるばる運ばれてきた瓦が含まれていました。鎌倉永福寺跡池端のベンチに座して鎌倉時代の永福寺を偲んでみるのも良いですね。

ヒガンバナ花画像

鎌倉永福寺跡近くに咲くヒガンバナ花写真

 源頼朝・政子が祈りをささげ、荘厳な時が流れた永福寺の堂内。頼家が蹴鞠を楽しみ、実朝が花を見て歌を詠んだ永福寺の庭園。戦いの時、甲冑の触れ合う音が響いた永福寺境内。永福寺跡をもののふの時代を肌で感じる「場」として整備する計画が動き出しています。鎌倉永福寺跡近くに咲くヒガンバナの花も綺麗です。

《永福寺跡写真・永福寺跡地図・永福寺跡案内》

永福寺跡石碑画像

鎌倉永福寺跡の石碑写真

地図渋谷駅−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Shibuya Station

鎌倉永福寺跡の石碑には吾妻鏡に書かれた二階堂の記述があります

ムクゲ花画像

鎌倉永福寺跡近くに咲くムクゲ花写真

地図新宿駅−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Shinjyuku Station

鎌倉永福寺跡近くに咲くムクゲの花も印象的です

ノコンギク花画像

鎌倉永福寺跡近くに咲くノコンギク花写真

鎌倉永福寺跡近くに咲くノコンギクの花は秋を感じさせる花です

永福寺跡画像

鎌倉永福寺跡写真

 鎌倉市二階堂にある永福寺跡は、源頼朝建立の大寺院跡です。永福寺跡は源義経、藤原泰衡等、頼朝の奥州攻めで亡くなった武将等の鎮魂のため、平泉の中尊寺二階大堂等を模して建立され、建久五年(1194)に三堂が完成しています。永福寺は鎌倉幕府の御願寺として手厚く保護されましたが、応永12年(1405)に焼失し、以後は再建されませんでした。

《鎌倉永福寺跡地図》

地図鎌倉永福寺跡グーグル地図Kamakura Eifukuji Temple Google Map

地図鎌倉永福寺跡マピオン地図Kamakura Eifukuji Temple Mapion Map

地図大塔宮バス停地図Daitomiya Bus Stop Map

《鎌倉永福寺跡交通アクセス地図》

大塔宮バス停から永福寺跡交通アクセス地図

大塔宮バス停から永福寺跡への交通アクセス地図は下です(地図は移動、拡大、縮小など操作きます)

アクセス地図大塔宮バス停−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access Daitomiya Bus Stop

 鎌倉駅西口から京浜急行20系統大塔宮行きのバスに乗車し、終点大塔宮バス停で下車します。大塔宮バス停から永福寺跡へは徒歩約6分の道のりです。大塔宮バス停からは住宅地の道を案内に従って進みます。永福寺跡入口前に鎌倉宮カントリーテニスクラブがあります。永福寺跡は鎌倉宮カントリーテニスクラブの裏手にあります。

鎌倉駅から京急バス乗車10分、大塔宮バス停下車(運賃200円)徒歩約6分

鎌倉駅から永福寺跡への交通アクセス地図は下です(地図は移動、拡大、縮小など操作きます)

時刻表京急バス20系統大塔宮バス停行きバス時刻表

アクセス地図鎌倉駅−永福寺跡交通アクセス地図Map and Access from Kamakura Station(バス乗車)

 鎌倉駅から永福寺跡の最寄りのバス停大塔宮バス停へは、鎌倉駅東口から京急バス20系統大塔宮バス停行きに乗車します。鎌倉駅から京急バス乗車10分、大塔宮バス停下車(運賃200円)徒歩約6分です。鎌倉駅から永福寺跡へは、バスと徒歩で約16分かかります。休日は交通渋滞の場合もあります。

 鎌倉永福寺跡花散歩を、楽しんでいただけたでしょうか?。永福寺跡は少し交通の便が悪い場所にありますが、途中にある鶴岡八幡宮、大塔宮などに寄りながらゆっくり行くのがお勧めです。また横浜も鎌倉からすぐです。途中下車に最適な場所です。なおこのページの記事で、多くの鎌倉市の発掘資料を参考にさせていただきました。 

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